それから数日後、イルカは受付でアスマと出会った。確かアスマはカカシと上忍師仲間であり、酒飲み友達でもあると風の噂で聞いたことがある。
報告書の受理と共にイルカはさっそく切り出した。

「アスマ先生、カカシ先生の誕生日ってご存じじゃありませんか?」

アスマは禁煙場所に遠慮してか、火の付いていないたばこを銜えながら不思議そうな顔を向けてきた。

「なんでイルカがそんなこと知りたいんだ?」

「いえ、実はナルトに頼まれまして。」

「あ〜、そういえば俺もイノに自分の誕生日はいつかって聞かれたなあ。なんでもサクラと誕生日占いに凝ってて色んな奴の誕生日を聞いてるって言ってたが、それ関係か?」

なるほど、そういう裏事情もあったのか。そう言えばナルトが人の誕生日を聞くことなんてなさそうだもんな、きっとサクラが事の発端でナルトが首を突っ込んでいったに違いない。安易にできた相関図にイルカはくすりと笑みを浮かべた。

「あ、それでアスマ先生は答えられたんですか?」

「まあ減るもんでもないしな。ああ、それでカカシの誕生日だったな、俺は知らねえぜ。大体イルカだって自分の同僚の誕生日なんていちいち覚えてねえだろ。ま、女の同僚だったら少しは話しが違ってくるんだろうが。」

アスマの言葉にイルカは確かになあ、と頷いた。自分だって同僚の誕生日なんざ覚えていない。女性の同僚の誕生日も然りであるが、女性の方はたまにイルカの誕生日を何故だか知っていておやつ程度のお菓子をくれたりすることもあるのだ。
と、なるとカカシの同僚で女性といえば、

「紅先生、か?」

目の前にいると言うのにまったく眼中になくなくってしまったアスマはやれやれと、苦笑して受付を去ったのだった。

 

そして数日後、またもや受付で紅に出会ったイルカはアスマと同じように尋ねた。

「紅先生、唐突ですがカカシ先生の誕生日ってご存じですか?」

報告書を提出し終わった紅はホントに唐突ねえ、と笑いながらも快くイルカの話しに付き合ってくれたが、やはり知らないとのことだった。

「お役に立てなくてごめんなさいね。」

申し訳なさそうに紅に言われてイルカはとんでもない、と首を横に振った。

「元生徒の頼みでしたし、どうしても調べないといけないってわけでもないですから。」

「そう?ならいいんだけど、あ、そうだ、ガイなら知っているかもしれないわ。ライバル視しているから余計に相手のことを調べ尽くしてそうだし。」

なるほど、ガイ先生か、とイルカは考えつかなかった人を頭に思い浮かべた。

「もしもカカシの誕生日が分かったら教えて頂戴。確かに聞いたことないし。」

紅は妖艶に笑うと優雅な足取りで受付から出て行った。さすがくの一、洗練された動きだ。

 

そしてまたまた数日後、イルカはアカデミー近くの修練場の前を通りかかって修行に励んでいたガイを見つけた。
修行中に声をかけるのはちょっと申し訳なく思ったが、すぐに終わる話しだし、とイルカはガイに声をかけた。

「ガイ先生、ちょっといいですか?」

イルカの呼び掛けにガイはきらきらと光る汗もそのままにイルカの前まで走ってやってきてくれた。

「なんだイルカ、一緒に鍛錬でもしたいのか?」

「あ、いえ、そうではないんですが、ガイ先生はカカシ先生の誕生日ってご存じじゃないですか?」

「む、カカシの誕生日か。残念ながら知らないのだ。実は我がライバルの誕生日くらいは知っておかなくてはならんと思って昔色々と調べていたんだがまったくと言っていいほど分からなかった。何か戒厳令でも出ているんじゃないかと思ったほどだ。忍者登録の時に必要になるから誕生日がないわけはないんだろうが、不思議な奴だ。」

上忍であるガイが調べても分からなかったことが中忍のイルカに分かるわけがない。イルカは心持ちがっくりとしたが、これで堂々とナルトにだめだったと言えるのだからいいだろう、と自分を励ました。
その帰り道、偶然にも紅と出会った。

「あら、イルカ先生、こんにちは。」

「こんにちは紅先生、今から報告ですか?」

紅の手に握られている報告書を見てイルカが尋ねると紅はそうなのよ、と笑った。

「ちょっと時間がかかっちゃってね、部下たちは先に帰したの。あ、そうだ。そう言えばカカシの誕生日、ガイは知ってた?」

「いえ、それがガイ先生もご存じないそうで。」

「あら、そうなの。なんだかそこまで誰も知らないと余計に知りたくなっちゃうわよね。これで彼女でもいればその子に聞けるんでしょうけど、だめね。カカシに恋人がいるとか過去にいたとか言う話しはまったく聞いたことないもの。」

その言葉にイルカは驚いた。カカシは中忍のくのいちの間でもかなりの噂になっているのだ。あんなにもてているのに彼女がいないなんて、勝手な話しだが羨ましいと思うと同時に不可解きわまりない。

「不思議な方なんですね、カカシ先生って。」

「一方的に片思いはされてるんでしょうけど、特定の相手と付き合ったって話しは聞かないのよ。実はカカシの誕生日が知りたいって言うのもね、私の友達の1人がカカシに片思いしていて、それで知りたいって言うんで折を見て探ってたの。ごめんなさいね、イルカ先生を利用しちゃって。」

かわいく微笑まれてイルカは顔を赤らめていいんですよ、と笑った。利用されていたと言ってもナルトと変わらない程度のものだし、片思いの友達のためと言うところが女性らしくてかわいいではないか。

「でもここまで隠されているとなるとほんとに気になるわねえ。」

「ええ、まったくです。何か理由でもあるんでしょうかねえ。」

「うーん、ちょっとずるして調べてみるわ。良い結果が出たらイルカ先生にも報告するわね。」

そう言って紅は苦笑して受付へと向かっていった。
ずるをして調べるって、上忍の特権を駆使するってことかな?とイルカはのほほんと考えながら紅の背中を見送ったのだった。

 

その日のとある居酒屋にて、紅はカカシと飲んでいた。

「珍しいよね、紅から誘うなんてさ。」

ほっけをつつきながらカカシはちらりと紅を見たが、紅はたまにはいいでしょ、とそしらぬ顔で日本酒をぐい飲みした。

「ま、いいけどね。」

紅は気付かれないようにカカシの酒に自白剤を入れた。紅の言う『ずる』それはつまり薬であった。

「で、何か話したいことでもあるんじゃないの?新米上忍の苦労とかだったら俺もあんまり助言してあげらんないよ。俺ずっと外勤中心だったし。」

「今日は仕事の話しじゃないのよ。実は友達で奇特にもあんたが好きだって子がいるのよ。でもあんた女の子からの告白は一度として受け取ったことがないって言うじゃない。」

カカシはそっち方面の相談だったかあ、とため息を吐いた。あまり嬉しい話題ではなかったらしい。予想通りの反応である。

「でもなんで彼女作らないの?特定の人がいないから片思いの子が必然的に増えるんじゃない。理想が高すぎるんじゃないの?気になる子の1人や2人はいないわけ?まだ枯れるには若すぎるでしょ。」

たたみかけるように聞いてくる紅に苦笑しつつもカカシは口を開いた。そろそろ自白剤の効果が現れてくる時間だ。

「ん〜、気になる子ね、いるよ。今でもずっと愛してる。」

思ったよりもあっさりと白状した。そうか、やはり好きな人がいるから告白を断ってたのね。

「なんだ、いるんじゃない。だったらさっさと結婚でもなんでもしちゃえばいいのに。カカシだったら相手もそうそう下手に断らないと思うわよ。」

独り身でいるからくの一たちが色めき立って告白合戦なんてするんだから、少しは自分の容姿に気を遣いなさいよと苦々しく思った紅だったが、次のカカシの言葉にその思いは急激にしぼんだ。

「できないよ、だめなんだ。」

ひどく苦しそうに口にした言葉はどこにでもある言葉だったが、その言葉の奥深くに暗闇を感じた。もしかしたら、もうこの世にいない人かもしれない。そんな風に思わせるカカシの口調だった。

「ごめん、余計なこと聞いたわね。」

しおらしく謝った紅だったが、カカシは違う違う、と手を振った。

「死んだわけじゃないよ。相手は今でもこの里にいるし、結婚して家庭を持っているわけでもないし、独り身だし恋人もいない、まったくのフリーだよ。」

「なんだ、そこまで分かってるならなんでできないなんて、」

死んだ人ではないのだとほっとした紅だったが、やはりカカシは首を横に振った。まったくもってよく分からない。

「だめだよ、俺からなんて言ってやらない。だって約束したんだ、だから待ってる。例え死ぬまで来てくれなくてもいいんだ。」

「死ぬまでって、何もそこまで相手に操を立てなくても、別の人を捜そうとは思わないの?」

「あの人じゃないとだめだよ。初恋だったんだ。三代目もいい加減に過去のことに拘るのはやめろってたまに言ってくるけど、俺にとっては過去なんかじゃないし、過去を美化して思い出を飾り立てているわけでもない。今でもそこにあるんだ、俺のたった1人の人は。」

カカシはそう言って残った酒をぐいっと一気飲みして立ち上がった。トイレにでも行くのかと思えばカカシは懐から財布を取り出して数枚の紙幣をカウンターに置いた。

「悪いけど質問タイムはここで終了にしといて。さすがの俺でもくの一の効果てきめん自白剤が相手じゃあこの先なに言うか不安だからね。」

苦笑して言ったカカシに紅は口をへの字にした。バレバレだったらしい。それでも紅の用意した自白剤入りの酒を飲んだと言うことはこの自白剤はカカシにとって児戯に等しい効果しか出さないと分かっていたのだろう。随分と力の差を見せつけられたものだ。ちょっと悔しいが卑怯な手を使ったのは自分だ。ここは引き下がろう。

「悪かったわよ。」

「うん、だからおごりじゃなくて割り勘にしたから。大した情報出さなくてごめんね。」

カカシはそう言って店から出て行った。

紅はカウンターに突っ伏した。恥ずかしいことこの上ない。それにカカシの話しなんか聞くんじゃなかった、あんな苦しそうな表情を浮かべながら語る話しなど、人に話せるわけがない。恋愛相談をしてきた子にはカカシはやめときなさいとだけ言おう。同僚に薬を盛った詫びだ。

「あらやだ、誕生日がいつか聞くの忘れてたじゃない。」

紅はあの自白剤、高価な品なのに、と苦笑した。イルカにもやはり分からなかったと報告しなければなるまい。